不安でたまらないとき

先のことを、つい心配してしまうとき

この先どうなってしまうんだろう、と不安になるときありますよね。

「何とかなるよ。」とか、

「なるようになるよ。」とかよく言われますが・・・

その言葉、信じられますか?

私は信じられませんでした。

何を根拠にそう言えるの?と思っていました。

でも、神様が「心配しなくてもいいよ。」と言ってくれたら?

少しは、信じてみようかな・・・という気持ちになりませんか?

神様は、この世をすべて創造しました。

海のもの、地のもの、空の鳥たち・・・草花も。

だから、ましてや私たち人間に、良くしないわけないでしょう、と神様は言ってくれています。

だから、わたしはあなたがたに言います。

自分のいのちのことで、

何を食べようか、

何を飲もうかと心配したり、

また、からだのことで、

何を着ようかと心配したりしてはいけません。

いのちは食べ物よりたいせつなもの、

からだは着物よりたいせつなものではありませんか。

空の鳥を見なさい。

種まきもせず、

刈り入れもせず、

倉に納めることもしません。

けれども、あなたがたの天の父が

これを養っていて下さるのです。

あなたがたは、

鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。

あなたがたのうちだれが、

心配したからといって、

自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。

なぜ、着物のことで心配するのですか。

野のゆりがどうして育つのか、

よくわきまえなさい。

働きもせず、紡ぎもしません。

しかし、わたしはあなたがたに言います。

栄華を極めたソロモンでさえ、

このような花の一つほどにも

着飾ってはいませんでした。

きょうあっても、

あす炉に投げ込まれる野の草さえ、

神はこれほどに装ってくださるのだから、

ましてあなたがたに、

よくしてくださらないわけがありましょうか。

信仰の薄い人たち。

そういうわけだから、

何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、

などと言って心配するのはやめなさい。

こういうものはみな、

異邦人が切に求めているものなのです。

しかし、あなたがたの天の父は、

それがみなあなたがたに

必要であることを知っておられます。

だから、

神の国とその義とをまず第一に求めなさい。

そうすれば、それに加えて、

これらのものはすべて与えられます。

だから、あすのための心配は無用です。

あすのことはあすが心配します。

労苦はその日その日に、十分にあります。

マタイの福音書 6:25~34

聖書 新改訳 日本聖書刊行会より引用