心のきよい者は幸いです

神様に喜ばれる人

神様に喜ばれる人とはどういう人でしょう。

聖書では、どういう人が神様に受け入れられるのか、明確に書いています。

人は誰しも神様に嫌われるより、好かれたい。そして、もっと言うと愛してもらいたいと思うのではないでしょうか。

神様に好かれる人とはどんな人でしょうか。

やはり、清く正しく生きる事だと思うのですが、いつもそういう生き方をできる人はいないと思います。

清く正しく生きられないから、神様への道は遠いのです。

人にとってその道はどれほど大変なものか、聖書ではこう表現しています。

『狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。

そして、そこから入って行く者が多いのです。

いのちに至る門は小さく、その道は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。』

マタイの福音書7:13,14

正しい道を進もうとすることは、大変なことです。

まずは何が正しい道かわからないといけません。

正しい道を知れば知るほど、正しく歩めないことが苦しくなるかもしれません。

ですが、これが神様が求めていることなのかもしれません。

人が正しさを求めてひたすら努力し、できない自分に憂い悲しむこと。

人の弱さを知り、互いにいたわり合うこと。

清く正しい道を歩むとき、ときに 迫害され、ありもしないことで悪口を浴びせられるかもしれません。

ですが、それが神様に喜ばれる道なのです。



正しいと思う道を行きたいけれど、それが険しくてつらいと思う方へ。

真面目に生きることは大変ですが、いつも神様は見てくださっていて、私たちの思いや行いに報いてくださいます。

そこで、イエスは口を開き、

彼らに教えて、言われた。

心の貧しい者は幸いです。

天の御国はその人たちのものだから。

悲しむ者は幸いです。

その人たちは慰められるから。

柔和な者は幸いです。

その人たちは地を受け継ぐから。

義に飢え渇く者は幸いです。

その人たちは満ち足りるから。

あわれみ深い者は幸いです。

その人たちはあわれみを受けるから。

心のきよい者は幸いです。

その人たちは神を見るから。

平和をつくる者は幸いです。

その人たちは神の子どもと呼ばれるから。

義のために迫害されている者は幸いです。

天の御国はその人たちのものだから。

わたしのために人々があなたがたをののしり、

迫害し、ありもしないことで悪口を浴びせるとき、

あなたがたは幸いです。

喜びなさい。

喜びおどりなさい。

天ではあなたがたの報いは大きいから。

マタイ5:2~12

聖書 新改訳 日本聖書刊行会より引用