新しく生まれる

死んでも生きるのです

イエス・キリストが奇跡を起こしたときの言葉です。

ラザロという弟が死んでしまい、悲しんでいる姉妹のもとにイエスがやってきました。

姉はイエスに言いました。

「主よ。もしここにいてくださったなら、私の弟は死ななかったでしょうに。」

つまり、姉妹はイエスが共にいれば、死なないと信じているのです。

そして、イエスが「ラザロよ。出て来なさい」と大声で叫ぶと、ラザロは生き返ったのです。


イエス・キリストが数々の奇跡を起こすことにより、神様は本当に存在して、人間には計り知れない力があるのだと想像します。

人は、自分がいつ死ぬかわかりません。いつ、どこで、どのように人生を終えることになるのか、知りません。

自分の努力や経験などでは解決できない問題です。

人は解決できない問題を目の前にすると、不安や恐れが襲ってきます。

でも、自分ではどうしようもない事と諦めて、奇跡を起こせる神様にゆだねることによって希望を持つことが出来ます。

諦めることと、希望を持つことは、正反対なことのように思えます。

けれども、自分の欲求や自我などを終わりにして、諦めることによって、新たに神様が予想もつかない恵みを与えてくれるのを待つこと。

これが、死んでも生きるということです。

自分に死んで、神様によって生かされます。

新たに生かされたときには、自分が望んでいたことより、人には想像も出来ないもっと素晴らしい未来があるかもしれません。

イエスは言われた。

「わたしは、よみがえりです。

いのちです。

わたしを信じる者は、

死んでも生きるのです。

また、

生きていてわたしを信じる者は、

決して死ぬことがありません。

このことを信じますか。」

ヨハネの福音書11:25,26

聖書 新改訳 日本聖書刊行会より引用