心を一つにして祈る

神様に祈りをかなえてもらう方法

三本の矢のたとえ話にもあるように、一本の矢より三本を束ねた方が強くて折れません。

同じように、一人より多くの人で祈れば、祈りがかなえられる、というイエスの言葉です。

祈りの力は大きいです。一人で祈っても、神様は、その祈りを聞いてくれています。

でも、一人より、二人、三人と多くの人で祈ることで、神様はその中心にいて、いつも私たちの声、祈りをを聞いていてくれるのです。

ですから、もし悩みをかかえているのなら、一人で悩みを抱えるよりも、勇気を出して少しずつでも悩みを打ち明けていくことも考えてみてください。

ともに悩みを共有し、解決策を模索し、一緒に祈っていきましょう。

人はそれぞれに弱い部分、痛みやコンプレックスなどがあります。状況は違いますが、一人一人に与えられた人生の課題があると思います。

互いの違いを理解し、それぞれの痛みを共有することで、自分だけが悩んでいるのではないこと、自分だけが苦しいのではないことが、理解できるのではないでしょうか。

そういう意味では人は一人ではないのです。

みな悩める人間なのです。ただ悩むところが違うだけ。

もしも、遠く離れた人でもつらい状況に陥っていたとしたら、どうぞその人のために祈ってあげてください。

その祈りは必ず神様が聞いてくださり、力を与えてくれます。

まことに、

あなたがたにもう一度、告げます。

もし、あなたがたのうちふたりが、

どんな事でも、

地上で心を一つにして祈るなら、

天におられるわたしの父は、

それをかなえてくださいます。

ふたりでも三人でも、

わたしの名において集まる所には、

わたしもその中にいるからです。

マタイの福音書18:19,20

聖書 新改訳 日本聖書刊行会より引用




祈りの力

聖書には『祈り』について、多く書かれています。

そして、『祈り』をとても大切なこと、としています。

どう祈ればいいのか、祈ったらどうなるのか、など色々書いてあります。

私は最初、祈ることは出来ませんでした。

でも、出来ないと感じていただけで、普段から思っていることが、すでに祈っていることだと気付きました。

たとえば・・・何気ない会話で「祈ってるね」とか、言ったりしませんか?

それが、すでに祈ってるということです。

特に親は子供の健康や無事を何より願っていて、毎日毎日、「今日も子供たちが健康に無事にすごせるように・・・」と、自然に祈っているのではないでしょうか。

そんな心から自然にあふれる思いが、本当の祈りなのだと思います。

日本には色々な神様がいて、神社へ行き祈ったりもしますが、

この世にイエス・キリストを送ったという神様は、いつでも私たちのそばにいて見守ってくれています。

だから、どんなときでも祈ればいいのです。散歩中も、車の運転中も、料理の最中でも。

いつでも、そばにいて祈りを聞いてくれています。

ただし、一つだけ条件があります。

それは、神様が私たち人間の罪のためにイエス・キリストを十字架につけられた、ということを信じること。

ですから、イエス・キリストの名を通してでなければ神様とつながることが出来ないのです。

神様は、私たち人間の罪深さを知っていて、そのためにイエス・キリストを送ったのですが、私たち人間は自分が罪人だとわかっていません。

ですから、イエス・キリストを受け入れるということは、自分が罪人だと認めるということ。

自分は何の罪も犯していないと思う人もいると思いますが、聖書の中では罪についても色々書かれています。

警察に捕まるような事柄はもちろん罪ですが、その他に次のようのものが罪となります。

「不品行、汚れ、好色、偶像崇拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ、酩酊、遊興」(ガラテヤ5:19~21)

こういった罪は人間であれば誰しも犯しているのではないでしょうか。

ですから、人間は生まれながらに罪人なのです。

神様から背いたアダムとイブから受け継がれてきた人間の罪、原罪です。

原罪を理解することにより、イエス・キリストの十字架の意味を知り、心に受け入れることが神様とつながることになるのです。

そしてイエス・キリストの十字架によって赦されたことを、感謝の思いをもって祈るのです。

イエスは彼に言われた。

わたしが道であり、

心理であり、

いのちなのです。

私を通してでなければ、

だれひとり父のみもとに来ることはありません。

わたしが父におり、

父がわたしにおられることを、

あなたは信じないのですか。

わたしがあなたがたに言うことばは、

わたしが自分から話しているでのはありません。

わたしのうちにおられる父が

ご自分のわざをしておられるのです。

またわたしは、

あなたがたがわたしの名によって求めることは

何でも、それをしましょう。

父が子によって栄光をお受けになるためです。

あなたがたが、

わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、

わたしはそれをしましょう。

ヨハネの福音書14:6、10,13,14

聖書 新改訳 日本聖書刊行会より引用