聖書の中身をざっくり紹介

聖書の内容をざっくり説明すると

聖書は旧約聖書新約聖書から出来ています。

旧約聖書

旧約聖書ではイエス・キリストが生まれる前の紀元前の話。

神が6日かけて天と地を創造し、7日目に休んだことからはじまります。(世界に普及している一週間は、ここから来たのですね。)

そして、神は土地のちりで、神のかたちに似せてを創りました。

しかし、創られたアダムとエバは神の教えを守らず、食べてはならないと言われた『善悪の知識の木』から実を食べてしまいます。

ここから、神の言うことに従わないという、人の罪が始まります。

そして、神は人間に「やってはならない事」の十戒を告げます。

出エジプト記20章には、『私の他にほかの神々があってはならない。・・・殺してはならない。・・・・盗んではならない。・・・偽りの証言をしてはならない。・・・』などという十の戒め、十戒が書いてあります。

旧約聖書ではまだイエス・キリストは出てきません。

私の個人的な印象で旧約聖書では何について書かれているかをまとめると、神様につて、神様に聞き従わないとどうなるのか、神様に愛されるにはどういう人となればよいのか、神様の恵みとは、などが書いてある感じです。


新約聖書

新約聖書ではイエス・キリストの生誕からの話です。

西暦はイエス・キリストが誕生した日を基準にしていると言われています。

神の御使いガブリエルが処女マリアに現れて、「あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。」と告げます。

これが有名な受胎告知で、様々な画家が描いています。

処女であるマリアが妊娠するはずはありませんが、聖霊によって身ごもったのです。そして誕生したのがが聖なる御子イエス・キリストで、クリスマスとして毎年世界ではお祝いされています。

人は神の十戒にも従わず、罪を犯してばかりいるので、神はひとり子であるイエス・キリストをこの世に送りました。

全ての人の罪を、イエス・キリストに背負わせることにより、人間の罪を赦そうとしたのです。

そして、予言通り罪のないイエス・キリストは十字架につけられ、息絶えました。

しかし、墓に入れられ、皆が悲しんでいたところ、予言通りイエス・キリストは3日目によみがえったのです。

イエスの使徒たちは、イエスの行ってきた奇跡やよみがえりの奇跡を伝道していきました。


旧約聖書と新約聖書

聖書はなぜ旧約と新約とに分けられているのか。

その名の通り、古い約束新しい約束ですが、新しい約束が出来たのなら、古い約束は必要ないように思われますが、古い神様との約束があるからこそ、イエス・キリストの血による新しい約束は大きな意味を成します。

旧約聖書では、神様は神様に似せて人間を造ったほど、人をとても愛してくれました。それとともに、十戒を示し厳しく私たち人間を戒めました。愛情ゆえの優しさ、厳しさを感じます。

しかし、神様がどんなに恐れ多くとも、人間をどんなに戒めても、人は神様を裏切りました。神様以外のものを崇拝し、人の心は妬み、そねみ、憤り、その他様々な罪を犯しています。


新約聖書では、そんな罪ばかり犯す人間に対して次の一手、イエス・キリストをこの世に送りました。

大切な神様の御子イエス・キリストを人間の罪を赦す身代わりに十字架に付け、杭で打たれたのです。人間の罪の代わりにイエス・キリストは殺されたのです。

イエス・キリストの血により、私たちの罪は許されたという新しい契約です。


ここで、私には罪はありませんと思うのならば、イエス・キリストの犠牲は意味を成しません。

ですから、旧約聖書では人間の罪について、長きにわたって説明しています。人間ってこんなに罪深いんだよって。しつこいくらいに。

自分が罪人なのだと気づくと、神様と御子イエス・キリストによる自己犠牲の愛、無償の愛を知ることが出来ます。

ですが、自分には罪がないと思うなら、イエス・キリストの十字架は何も意味を成さないものとなります。



以上、聖書を本当にざっくりと説明しました。

聖書を説明する上で、私(Mika)の思いも書いています。あくまでも、個人的な見解なのでご承知おきください。

詳しくは、聖書をお手に取り読んでいただければ幸いです。



ベストセラー本 聖書

世界で一番読まれている本は、聖書です

ベストセラー本は、毎年変わりますが、世界の累計で一番読まれている本は聖書でしょう。

ホテルに宿泊すると、聖書が置いてあったりして、世界で親しまれています。

そんな聖書ですが、日本人にはあまり親しみを持たれていないことでしょう。

私もそうでした。

日本人は、神様といえば、神社、というイメージが強いと思います。

私も以前は神社へ毎年行き、お参りすると何となく安心していました。

でも、聖書を読んで知ったのですが、神様はわざわざ出かけて会いに行かなくても、いつも近くにいるのです。

大変な思いをして神様に会いに行かなくても、近くにいるのです。そんなお得なこと、知らないと損な気がしませんか?

聖書を読めばいつでもどこでも神様に会えて、祈りを聴いてもらえます。

なぜ聖書を読むと神様に会えるのか…それは読んでみないと分からないかもしれません。

だからこそ、ぜひ聖書を読んでこの感動を味わっていただきたいと思います。

聖書には、私たち人間に対する愛の言葉であふれています。

ですから、何年にもわたって人々に読み継がれてきたのだと思います。

日本ではまだまだ親しまれていない聖書ですが、いつか必ず日本でも多くの人が読む日が来ると思うのです。


聖書を読むにあたっては、いきなり最初から分厚い本を読むのに抵抗がある方もいらっしゃると思います。

まずは、新約聖書から、読んでみるのはいかがでしょうか?

私も、最初に友人にもらったのが新約聖書で、ページも少なく読みやすかったです。

内容も、新約聖書はイエス・キリストの誕生からなので、数々の奇跡もあり、物語としても楽しめます。

旧約聖書の一部、詩篇や箴言付きの新約聖書もあるようです。

詩篇は神への賛美の詩が詠まれています。神様の恵み、愛に、改めて感謝の気持ちが沸き上がるかも。

箴言(しんげん)は「知恵の書」とも言われていて、厳しいことも書かれていますが、「なるほど」と思わされる言葉ばかりで、悟りへと導かれます。

新約聖書で聖書に興味が深まったら、旧約聖書を読んでみるのはいかがでしょうか。

旧約では、神様が天と地を創造した。というところから始まっていて、アダムとエバの誕生や、ノアの箱舟など、有名なエピソードも書かれています。

A6サイズの小型版は持ち運びし易く、旅行などにも聖書と共に過ごせて便利です。ただ字は小さくなってしまうので、そこはデメリットかもしれません。

自宅で読むなら字が大きい中判・大判サイズの聖書がおすすめです。


聖書は一度買うと、ほとんど買い替えることなく使うと思うので、カバーを付けておくと大事に長く使えます。

英語と日本語で書いてあるバイリンガルバージョンもあります。

言語によって、ニュアンスが少し違っていると思うので、比べてみるのも面白いかもしれません。